東京地方裁判所 平成10年(ワ)16810号 判決
原告 亡B訴訟承継人 A
右訴訟代理人弁護士 西尾文秀
被告 大西清
右訴訟代理人弁護士 水上博喜
主文
一 被告は、原告に対し、金六二二万八七七六円及びこれに対する平成一〇年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三五三六万一五二一円及びこれに対する平成一〇年八月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告の被承継人が、船舶の衝突を原因とする損害賠償請求を弁護士である被告に委任したのに、被告が右請求をしなかったので、右損害賠償請求権が時効により消滅したとして、その賠償を求めるものである。
一 請求原因
1 活魚運搬船第九九金風号(以下「金風号」という。)は、昭和五四年進水の木造船であり、もと株式会社金風の所有であったが、昭和六三年一二月一〇日、訴訟承継前原告亡B(以下「亡B」という。)が同社から三億五〇〇〇万ウォン(当時、日本円にして約六三五〇万円)で買い取り、所有権を取得した。
2 平成三年六月三日午後八時一〇分ころ、岡山県笠岡市六島所在の六島灯台から真方位九一度一・五海里の地点において、東航中の白石元一郎(以下「白石」という。)を船長とする前川海運株式会社(以下「前川海運」という。)所有の油送船第二昭成丸(以下「昭成丸」という。)が、船首前方を左に横切る高春徳(以下「高」という。)を船長とする金風号の左舷中央部に衝突し、そのため、金風号は、翌四日午前六時一八分香川県仲多度郡多度津町所在の二面灯台から真方位二一・五度約一・六海里の地点で沈没した(以下「本件事故」という。)。
3 本件事故は、避航船である昭成丸が、自船前方を右方から左方に横切る保持船である金風号に対し、その動静を十分監視し、その進路を避けるべき義務がある(海上衝突予防法一五条一項、一六条)のに、その義務を怠り、動静監視不十分で、金風号の左舷赤燈の表示を無視してその進路を避けなかったことによって発生した。本件事故について平成五年一月二五日になされた広島地方海難審判庁の裁決(以下「本件裁決」という。)では、金風号の事故を回避する協力動作の不適切も本件事故の一因をなしたと認定されているが、その意味は、船長である高が船橋当直交替の際、交替した乗組員に対し、他船の接近があるときは報告せよとの指示を十分にしていなかったこと及び実際に船長に対して昭成丸接近の報告がされなかったということに過ぎず、見張り不十分とか操船不適切というような具体的な過失があったわけではない。したがって、本件事故の発生に寄与する両船の過失割合は、昭成丸に一〇割の過失があるというべきである。
4 したがって、前川海運は、商法六九〇条(船長その他の船員の不法行為について船舶所有者が責任を負う)により、亡Bが本件事故によって被った左記損害合計三五三六万一五二一円(以下「本件損害」という。)を賠償する義務がある。
記
(一) 金風号価格 三〇〇〇万〇〇〇〇円
(二) 積荷(黒そい)価格 二九九万〇〇〇〇円
(三) 金風号油止及び固定費 二〇〇万〇七二一円
(四) 金風号船体潜水調査費 三七万〇八〇〇円
5 被告は、東京弁護士会所属の弁護士であるが、亡Bは、平成三年一一月五日、被告に対し、本件事故に関する海難審判事件と前川海運に対する不法行為に基づく損害賠償事件の処理を委任し、被告はこれを受任した(以下「本件委任契約」という。)。
6 被告は、本件委任契約に基づき、海難審判事件及び損害賠償請求事件について、善良な管理者の注意をもってその事務を処理する義務を負ったにもかかわらず、海難審判事件の事務に着手しただけで、損害賠償事件の事務には着手せず、亡Bの前川海運に対する損害賠償請求権を消滅時効により消滅させ、亡Bに対し、本件損害と同額の損害を被らせた。
7 亡B及び亡Bの使者は、被告に対し、再三にわたり事件の推移について報告を求めたが、被告は、「海難審判事件は現在東京高裁で審理中」、「現在相手方損保会社と折衝中であるが、金風号が木造船なのでなかなか価額が折り合わない」、「間もなく民事の損害賠償の裁判は終わる」など、数々の虚言を弄した。そのために、亡Bは、他の弁護士を選任するなどして前川海運に対する損害賠償請求権の行使をすることができず、その結果、同請求権は時効によって消滅し、亡Bは、本件損害と同額の損害を被った。
8 したがって、亡Bは、本件委任契約の債務不履行又は不法行為に基づき、被告に対し、本件損害と同額の損害賠償請求権を取得した。
9 亡Bは、本件訴訟係属中の平成一一年一〇月二日に死亡し、亡Bの妻である原告が亡Bの被告に対する右損害賠償請求権を相続により取得し、本件訴訟の原告の地位を承継した。
10 よって、原告は、被告に対し、本件委任契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件損害と同額の損害金三五三六万一五二一円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因2の事実、同3の事実中、本件裁決では、本件事故は、昭成丸が金風号の動静監視不十分で、金風号の進路を避けなかったことによって発生したが、金風号の衝突を避けるための協力動作が不適切であったことも一因をなすものと認定されたこと、同5の事実中、被告が東京弁護士会所属の弁護士であり、平成三年一一月五日、亡Bから本件事故に関する海難審判事件の処理を受任したことは認めるが、その余は争う。
三 主要な争点
1 損害賠償請求についての委任契約の成否
(一) 原告の主張
本件委任契約は、海難審判だけを対象としたものではなく、次のとおり、損害賠償請求もその対象としたものである。
(1) 平成三年一一月五日、本件委任契約の締結にあたり、亡Bは、被告に対し、着手金として五〇万円を支払い(以下「本件着手金」という。)、被告は、これを受領した。そして、被告は亡Bに対してその領収書を交付したが、それが甲六号証である(以下「本件領収書」という。)。本件領収書には、「第九十九金風号対第二昭成丸衝突事件の海難審判事件及び損害賠償請求の着手金として、正に領収致しました。」と記載されており、本件委任契約が損害賠償請求もその対象としたものであることは明らかである。
(2) 平成五年五月付けで、亡Bから被告に対する訴訟委任状が作成されており、その写しが、甲一五号証である(以下「本件委任状写し」という。)。本件委任状写しには、委任事項として、「前川海運株式会社及び沖本榛名に対して損害賠償請求を為すに必要な一切の件」と記載されている。本件委任状写しが存在することはその原本が亡Bから被告に交付されたことを推認させるものである。本件委任状写しの原本の交付は、平成五年一月二五日に海難審判事件について本件裁決がなされたことに伴い、相手方との損害賠償についての交渉あるいは損害賠償請求訴訟の提起など、具体化した事務処理の必要からなされたものであり、損害賠償請求についての委任契約成立の時期は、前記のとおり、平成三年一一月五日である。
(3) 本件領収書交付時に損害賠償請求についても委任契約が成立したことは、次の事情からも明らかである。
ア 亡Bは、韓国人であり、日本に知り合いの弁護士がいなかったため、韓国の弁護士である崔益均(以下「崔弁護士」という。)の紹介で被告を知り、亡Bの叔父で日本に長く居住していたことのあるC(以下「C」という。)を通じて本件事故の処理を依頼した。
イ 海難審判手続は、受審人について過失の有無を定め、行政処分を行う手続であるから、同一事故に基づく損害賠償請求事件処理の前提をなすものである。海難審判事件は、船主である亡Bではなく、金風号の船長である高が関係する事件である。しかも、高は、韓国人であるため、海難審判事件では受審人になり得ず、単なる指定海難関係人として同審判事件に関与したに過ぎない。したがって、亡Bが海難審判事件だけの処理を委任して着手金を支払うことはあり得ず、亡Bは、金風号の船主として、自己が当事者となる損害賠償請求事件の処理を委任し、本件着手金を支払ったものである。
ウ 被告は、本件着手金の金額が低いことをもって本件委任契約の対象には損害賠償請求事件の処理は含まれていなかった旨主張するが、着手金の額は、所属弁護士会の規程に準拠しながら、依頼者の地位、係争価額、事件の難易、事件の見通し、依頼者の資力、支払能力等を考慮して適当に定められるものであり、本件のように、船価など、損害額が明らかでない場合には、着手金の額を定めないまま委任事務を処理せざるを得ないこともままある。また、依頼者の資力あるいは支払能力によっては、減免することさえある。したがって、本件着手金の金額が低いことは、本件委任契約の対象に損害賠償請求事件の処理が含まれていなかった根拠とはならない。
エ 被告は、金風号の船価が不明であったことも本件委任契約の対象に損害賠償請求事件の処理は含まれていなかった根拠として主張するが、亡Bが本件事故によって被った損害は、金風号の船体だけに限られなかった(請求原因4記載のとおり)し、船体損害も受任後に調査、研究のうえ損害額を確定すれば足りるものであったから、本件委任契約締結時に金風号の船価が不明であったことは、本件委任契約の対象に損害賠償請求事件の処理が含まれていなかった根拠とはならない。
(二) 被告の主張
被告は、亡Bから、海難審判事件の処理の委任を受けたに過ぎず、次のとおり、損害賠償請求事件の処理については委任を受けていない。
(1) 海難審判はあくまで行政処分であり、事故の真相を明らかにして海難の防止をはかり、併せて日本国の海技免状を取得している者に対して行政処分を行う手続である。したがって、日本船と外国船との衝突事故の場合、海難審判は一方当事者である外国船の外国免状所有者を考慮せず、あくまで日本の海技免状をもった者を受審人として申立てがなされるのである。そうすると、海難審判は日本船の海技免状所有者のみが意見陳述し、日本船に有利な陳述しかしないため、外国船側は自船の関係者を指定海難関係人として申立てをするよう海難審判理事所に上申し、併せてその審判への出頭を確約する書面を提出し、海事補佐人が海難審判へ出廷する機会の確保に努めるのが通常である。本件においても、被告は右通常の処理に従って海難審判出頭が可能な高を指定海難関係人として理事所へ上申し、出頭及び通訳費用負担の確約書を提出し、高が指定海難関係人として指定されて審判の申立てを受けたものである。海難審判の裁決は損害賠償請求事件の過失割合を示す前提となるため、その裁決内容は亡Bにとって重要であるので、亡Bは亡Bに有利な裁決を得るために被告に海事補佐人として海難事件を処理することを依頼したものである。
(2) 被告が本件事故の海難審判について相談を受けたのは、海難審判の申立て自体がなされていない時期であり、それも亡Bの叔父であるCを通じてである。被告は、その際、海難事故の処理、海難審判の手続及び内容、その後の損害賠償等の説明をした。Cは韓国に帰国し、亡B及び崔弁護士に被告の説明を報告し、再度亡Bを伴って被告を訪れたので、被告は、亡BにもCにしたような説明をした。その後、Cが被告方へ五〇万円を持参し、海難審判を依頼したいと申し入れてきたので、被告はこれを受任するとともに、損害賠償もいずれ具体化するので、損害賠償のために、金風号の船価について、鑑定書の入手若しくは建造船価から現在価格を算出した書類等を手配するよう指示した。本件領収書に損害賠償請求という文言が入れられたのは、そのためであり、右文言は、損害賠償の相談料という程度の意味しか有しない。本件着手金が損害賠償請求事件の着手金ではないことは、次の事情からも明らかである。
ア 損害賠償請求事件の着手金であるなら、訴訟物の価格をもとに金額を算出しなければならないが、当時、金風号の船価は不明であり、訴訟物の価格は不明であったので、着手金額は算出不可能であった。
イ 着手金五〇万円というのは、弁護士報酬規定によれば、通常の民事事件であれば、訴訟物の価格は通常八二〇万円、弁護士会で許容された減額割合である三〇パーセントを減少しても、訴訟物の価格は一二五〇万円程度である。したがって、原告が主張するような三〇〇〇万円もの訴額の着手金として五〇万円という金額はあり得ない。むしろ、五〇万円という確定的数字は、弁護士報酬規定上、刑事事件において多く見られる数字である(規定三〇条、三一条)。そして、刑事事件の着手金はまさに、その五〇万円という数字が中核となっているのである。海難審判は、「海の刑事事件」であることから、被告は、この基準に従って着手金を請求したのである。
ウ 本件事故の海難審判は、広島で行われたが、被告は、Cを通じて亡Bの了解をとり、熊本の海事補佐人村上俊夫弁護士(以下「村上弁護士」という。)とともに海難審判事件の処理を共同受任した。そして、その処理には、広島までの往復交通費約五万円、日当五万円以上、記録の謄写費用(四万九六三〇円)、村上弁護士に対する着手金などの費用がかかり、被告は、右費用を本件着手金から支払った。したがって、本件着手金は、海難審判の着手金としても相当低額であり、本件着手金が海難審判以外の委任費用の意味を有することはあり得ない。
(3) 被告が亡B及びその関係者(指定海難関係人である高を含む)に対して渡した委任状類は補佐人選任届だけである。損害賠償請求事件については、具体化した場合に委任状を交付し、署名捺印をもらう予定であったが、具体化しなかった。海難審判事件の受審人の保険会社は、三井海上火災保険株式会社広島支店(以下「本件保険会社」という。)であり、被告は何度も連絡はとっていたが、本件裁決後、亡Bが船価を提示できなかったので、保険金請求はできなかった。消滅時効の点については、被告は、何度もCに告げている。被告はCを通じて亡Bに対し、損害額を早く出すように矢のような請求をしたにも拘らず、亡Bは損害額を出し切れなかった。
金風号は中古漁船としての役割を終えた木造船を海水が自然に入排水できるように漁船装置を取り払い、ポンプで海水をくみ入れ、これを自然排水するように改造した船舶であり、その価額は韓国内での取引価格事例や購入船価と改造費の合算額から消却費を控除する以外に算出出来ないものである。そこで、被告はその事例を入手するように亡Bに指示していたのであり、その提出がない限り損害額が決まらず、損害賠償の交渉はおろか訴訟さえできなかった。日本国内では、金風号のような木造船は現在建造されておらず、また、金風号のように中古漁船を改造して運搬船としたような船舶は日本には存在していないので、日本で金風号の船価を算定することは不可能であった。被告は、念のために船舶鑑定を業としている社団法人新日本海事検定協会に打診したが、鑑定できないとの回答を得た。
2 本件事故によって亡Bが被った損害
(一) 原告の主張
(1) 金風号の船価
本件事故によって亡Bが被った損害は、請求原因4記載のとおりであるが、金風号の船価については、船籍地である韓国においては、現在三億ウォン位で取引されており、この価格は、本件事故時と大きく変わるものではない。したがって、金風号が本件事故で沈没したことによる損害は、右時価を中心に、亡Bの取得価格(請求原因1記載のとおり、三億五〇〇〇万ウォン)を考慮して算定されるべきであり、そうすると、日本円にして三〇〇〇万円から四五〇〇万円と算定するのが妥当である。
(2) 金風号と昭成丸の過失割合
本件事故の発生に寄与する金風号と昭成丸の過失割合は、請求原因3記載のとおり、昭成丸に一〇割の過失があるというべきである。
(二) 被告の主張
(1) 金風号の船価
原告は金風号の鑑定書を提出しているが、金風号が中古漁船を改造したものであることを鑑定人に故意に隠しており、しかも改造費の説明も全くしていないので、適正な鑑定とはいえない。また、右鑑定書の基礎としている海光造船所の見積書も金風号が改造船という事実を全く考慮せず作成されている。
さらに、海光造船所と三養造船所の見積書を比較して明らかなように、新造船の船価でさえ、三億七〇〇〇万ウォンと六億ウォンの差があり、見積書自体、その内容の信頼性、信用力に大いに疑問がある。前記のとおり、金風号は中古漁船としての役割を終えた木造船を改造した活魚運搬船であり、その価額は韓国内での取引価格事例や購入船価と改造費の合算額から消却費を控除する以外に算出出来ない。
(2) 金風号と昭成丸の過失割合
本件事故についての金風号と昭成丸の過失割合は、いわゆる主因、一因事例であり、本件裁決では、昭成丸に主因、金風号に一因があったと認定されているので、過失割合は、六対四と認定されているものというべきである。原告は高の言動だけをもって金風号側の過失を論じているが、本件裁決では、金風号側の過失は、昭成丸に警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったと認定されている。
第三判断
一 本件事故の発生
平成三年六月三日午後八時一〇分ころ、岡山県笠岡市六島所在の六島灯台から真方位九一度一・五海里の地点において、東航中の白石を船長とする前川海運所有の油送船昭成丸が、船首前方を左に横切る高を船長とする金風号の左舷中央部に衝突し、そのため、金風号は、翌四日午前六時一八分香川県仲多度郡多度津町所在の二面灯台から真方位二一・五度約一・六海里の地点で沈没したこと(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。
二 金風号の所有権の帰属等
甲三、九、一〇、一二号証、証人長谷川の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、<1>金風号は、一九七九年(昭和五四年)に進水した総トン数七九・五五トンの木造動力船(機関はディーゼル発動機)であり、一九八七年(昭和六二年)に株式会社金風が金恩玉からその所有権を取得し、一九八八年(昭和六三年)一二月一〇日に亡Bが売買によりその所有権を取得した(以下「本件売買」という。)こと、<2>登記権利証中の売渡証書には、本件売買の売買代金は、六〇〇万ウォンと記載されていること、<3>登記権利証では、本件売買の日である一九八八年一二月一〇日に、亡Bを債権者、株式会社金風を債務者とする、六〇〇〇万ウォンの債権の担保権が金風号に設定された趣旨の記載があること、<4>本件売買を原因とする所有権移転登記は、一九八九年(平成元年)三月一五日付けでなされていること、<5>亡Bは、金風号を漁船から活魚運搬船に改造したこと、<6>亡Bは、韓国で株式会社大洋(以下「大洋」という。)という会社を経営しており、大洋は、日本で活魚を買い付け、これを金風号で韓国に運び、販売していたこと、<7>本件事故は、大洋が日本での取引先である徳島市所在の第一物産株式会社(以下「第一物産」という。)から活魚を購入し、金風号で韓国に運搬する途中で発生したものであったこと、以上の事実が認められる。したがって、本件事故当時、金風号の所有権は、亡Bに帰属していたものと認められる。
三 海難審判
1 被告が東京弁護士会所属の弁護士で、平成三年一一月五日、亡Bから本件事故に関する海難審判事件の処理を受任したことは当事者間に争いがない。
2 甲一、二号証、乙二、三、五号証(枝番のあるものは枝番を含む。以下同じ。)及び被告本人尋問の結果によれば、<1>本件事故については、平成四年四月二八日に広島地方海難審判庁に対して審判開始の申立てがされたこと、<2>右審判手続においては、昭成丸の船長である白石及び次席一等航海士である沖本榛名(以下「沖本」という。)が受審人となり、金風号の船長である高が指定海難関係人となったこと、<3>被告及び村上弁護士は、高から海事補佐人に選任され、右審判手続に関与したこと、<4>平成五年一月二五日に、右審判手続において本件裁決が言い渡されたこと、<5>本件裁決の主文では、本件事故は、昭成丸が動静監視不十分で、前路を左方に横切る金風号の進路を避けなかったことによって発生したが、金風号が、警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったこともその一因をなすものと判断され、沖本の五級海技士(航海)の業務を一か月停止することが命じられたこと、<6>本件裁決の理由では、本件事故は、昭成丸の船橋当直であった沖本が金風号を認めながら、操業中の漁船でその前路を航過できるものと思い、動静監視を厳重にしないまま続航し、衝突のおそれがあるほどに接近しても依然動静監視不十分で金風号を避ける措置をとらず、五〇〇メートルばかりに接近して急ぎ舵をとったが、間に合わずに発生したものあるが、金風号が警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったこともその一因をなすもので、このように金風号の運航が適切でなかったのは、船長の船橋当直者に対する指示が十分でなかった(自船に著しく接近する態勢の他船があるときは速やかに報告するよう指示していなかった)ことと、船橋当直者が接近する昭成丸を認めながら船長に報告しなかったことによるものとされていること、以上の事実が認められる。
四 損害賠償請求権の時効による消滅
1 本件事故の態様及び本件裁決の内容を考慮すると、沖本は不法行為により、昭成丸の所有者である前川海運は商法六九〇条により、亡B及び大洋が本件事故によって被った損害を賠償する責任があったものというべきである。
2 商法七九八条は、船舶の衝突によって生じた債権は一年を経過したときは時効によって消滅する旨定めており、本件事故によって亡B及び大洋が沖本及び前川海運に対して取得した損害賠償請求権について同条の適用があるとすれば、原則として本件事故時である平成三年六月三日から一年を経過して右請求権は時効により消滅したことになる。被告は、<1>海損の場合、海難審判の裁決が出るまでは過失の割合が出ないので、損害賠償についての交渉は裁決が出てからということになる、<2>海損については、裁決が出てから一年の消滅時効にかかると考えている、<3>時効期間の満了が近くなると、実務上、相手方と交渉して時効期間の延長(エクステンション)を書面で合意することが行われている旨供述している(被告本人)。仮に被告の解釈に従うとすると、本件事故については、時効期間の延長の合意がなされていないことは証拠上明らかなので、本件裁決時である平成五年一月二五日から一年を経過して亡B及び大洋の損害賠償請求権は時効により消滅したことになる。
3 仮に、亡B及び大洋が沖本及び前川海運に対して取得した損害賠償請求権の時効について商法七九八条は適用されず、民法が適用されるとしても、民法七二四条により、原則として、本件事故時から三年、仮に損害を知った時点を本件裁決時とすることが可能であったとしても、本件裁決時から三年を経過して右請求権は時効により消滅したことになる。
五 損害賠償請求についての委任契約の成否
1 前記三で認定した事実、甲六、八、九、一五、一六号証、乙五号証、証人長谷川の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、<1>亡Bは、崔弁護士の紹介で被告を知り、叔父のCを通じて被告に本件事故の処理を依頼することにしたこと、<2>平成三年一一月五日、亡Bは、Cを通じて被告に対して本件着手金五〇万円を支払ったこと、<3>被告は、本件着手金の領収書である本件領収書に、「第九十九金風号対第二昭成丸衝突事件の海難審判事件及び損害賠償請求の着手金として」と記載したこと、<4>その後、被告は、海事補佐人として村上弁護士とともに本件事故の海難審判に関与し、平成五年一月二五日、本件裁決が言い渡されたこと、<5>そこで、被告は、自ら委任事項として、「前川海運株式会社及び沖本榛名に対して損害賠償請求を為すに必要な一切の件」と記載した平成五年五月付け、被告宛の訴訟委任状を交付し、亡Bの署名・押印を求めたので、亡Bはこれに署名・押印して被告に提出したこと(被告は右訴訟委任状の提出を受けたことを否定するが、本件委任状写しの存在は、右提出を推認させるものである。)、<6>平成四年以降、亡B及びCは、被告に対し、何度も海難審判及び損害賠償請求の事務処理の進行状況を尋ねたが、被告は、間もなく事件は終わる、今、相手船の保険会社と交渉中である、等の回答をするだけであったこと、<7>亡Bは、第一物産の取締役であった長谷川勝彦を通じて、第一物産の顧問弁護士である本件の原告訴訟代理人に被告から右事務処理の進行状況を聴いて欲しい旨依頼し、同訴訟代理人は、平成四年から平成八年一一月まで、多数回にわたって、被告に対し、電話又は書面で右事務処理の進行状況を尋ねたが、船価が出ないので困っている等の回答をするだけで、明確な回答はしなかったこと、<8>そこで、亡Bは、平成九年二月二〇日、東京弁護士会に対し、被告を相手方とする紛議調停の申立てをし、被告に対し、本件事故に関する一切の書類の返還と事務処理の報告を求めたこと、<9>被告は、右申立てに対し、損害賠償請求については受任していない旨回答したので、亡Bは、本件の原告訴訟代理人に委任して、平成一〇年七月二四日、本件訴訟を提起したこと、以上の事実が認められ、乙五号証(被告の陳述書)及び被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、他の前掲各証拠に照らして採用できない。
2 右事実によれば、原告が主張するとおり、本件委任契約は海難審判だけを対象としたものではなく、損害賠償請求もその対象としたものと認められる。被告は、本件着手金の金額が少額であることや金風号の船価が算定できなかったことを根拠に、本件委任契約は海難審判だけを対象としたものである旨の主張をするが、<1>亡Bは本件事故によって被った損害の賠償を得ることを目的として、被告に事務処理を依頼したものであり、海難審判だけを依頼することは考えられないこと、<2>本件領収書及び本件委任状写しの存在は、被告が亡Bから損害賠償請求についても受任したことを明確に示すものであること、<3>被告が海難審判だけを受任したのであれば、平成五年一月二五日に本件裁決が言い渡されたことによって受任した事務は完了したのであるから、亡B、Cあるいは原告訴訟代理人に対し、その旨回答したはずであるのに、平成九年に紛議調停の申立てがなされるまで、そのような回答はしていないこと、<4>着手金の金額については、原告が主張するとおり、事案によって異なるものであるし、損害賠償請求訴訟を提起する時点で増額することも可能であったことなどの点から判断して、被告の右主張は採用できない。
六 本件事故によって亡Bが被った損害
1 金風号の船価(金風号を失ったことによる損害)
(一) 登記権利証の売渡証書には、本件売買の売買代金は、六〇〇万ウォンと記載されていること及び登記権利証では、本件売買の日に、亡Bを債権者、株式会社金風を債務者とする六〇〇〇万ウォンの債権の担保権が金風号に設定された趣旨の記載があることは前記二で認定したとおりである。
(二) 亡Bは、その陳述書である甲九号証で、右売渡証書記載の売買代金額は、売主側の税金対策ということで記載したもので真実の購入価額ではない、真実の購入価額は三億三〇〇〇万ウォンであると供述している。また、亡Bは、右陳述書で、Cから、金風号の船価について、韓国で算出してくれと言われ、釜山の頭龍造船会社に行き、書類を作成してもらったが、そのとき表示されていた船価は、三億五〇〇〇万ウォン、日本円にして当時六三六〇万円位だったと記憶している旨供述している。
(三) 原告訴訟代理人作成の報告書である甲一四号証によると、原告訴訟代理人が平成一一年四月二八日に韓国の光進造船所でその代表者から聴取したところ、同代表者は、同造船所で活魚運搬船仕様の木造船を造るとすると、トンあたり六五〇万ウォンかかり、金風号と同じ八〇トンクラスで、ディーゼル発動機を載せた新造船の価格は、六億四〇〇〇万ウォンから七億ウォンである、七、八〇トンクラスの中古の大型木造船も多く稼働しており、漁具類等を含めて三億ウォン内外で取引されていると説明したことが認められる。
(四) 甲一七号証の一、二によると、韓国の三洋造船所の平成一二年一月五日付け見積書では、金風号を漁船として新造するには、四億〇九〇三万八三〇〇ウォンの経費が必要とされていることが認められる。
(五) 甲二〇号証によると、株式会社大韓海事検定公社釜山事務所の鑑定士である帳性吉の鑑定では、平成一二年三月一一日付けの海光造船所の見積書(金風号を活魚運搬船として新造すると、その経費は六億六〇四四万ウォンであるとするもの。)に基づいて金風号の本件事故当時(平成三年六月三日)の船価を算定すると、右見積額の六〇パーセントである三億九六二六万四〇〇〇ウォンになるとされていることが認められる。なお、右鑑定では、金風号の平成二年当時の写真により、金風号は外部的に大きな欠陥がなかったものとして判断している。
(六) 第三回弁論準備手続で陳述された原告の平成一一年一月一八日付け準備書面には、本件売買の売買代金は六〇〇万ウォン、当時日本円にして約三〇〇〇万円であった旨の記載があるが、第六回弁論準備手続で陳述された原告の平成一一年五月一三日付けの準備書面には、右金額を三億五〇〇〇万ウォン、当時日本円にして約六三五〇万円に訂正する旨の記載があることは記録上明らかである。
(七) 前記二で認定したとおり、金風号は、もともと昭和五四年に進水した漁船を亡Bが活魚運搬船に改造したものであり、平成一一年あるいは平成一二年における漁船又は活魚運搬船としての新造経費を基準に本件事故当時の金風号の船価を算定することは相当ではない。金風号のように中古木造漁船を活魚運搬船に改造した船の取引事例がないのであれば、金風号の新造時の価格から経年による減価をして残存価格を算出し、それに改造による価値の増加分を加えるか、本件売買の売買代金額に改造による価値の増加分を加えて算出すべきものと解される。
金風号の新造時の価格を明らかにする証拠は何ら存しないので、本件売買の売買代金額が基準となるが、これが三億三〇〇〇万ウォンであったとの亡Bの供述については、これを裏付ける契約書や領収書等の客観的な証拠が存在せず、右供述だけから売買代金額が三億三〇〇〇万ウォンであったと認めることはできない。売渡証書に記載された六〇〇万ウォンは、先に認定した各造船所の新造経費などから考えても、あまりにも少額であり、これは、亡Bが供述するとおり、売主側の税金対策のために記載されたものと解されるが、真実の売買代金額が三億三〇〇〇万ウォンであるのに六〇〇万ウォンという金額で課税の審査を通ることができるのか極めて疑問であり、この点からも、売買代金額が三億三〇〇〇万ウォンであったとの亡Bの供述には疑問がある。もっとも、六〇〇〇万ウォンの債権の担保権が金風号に設定されたことから考えると、本件売買の売買代金額は、少なくとも、六〇〇〇万ウォン以上ではあったことが推認される。本件事故当時、六〇〇〇万ウォンは、一一五三万二〇〇〇円である(平成三年六月三日の東京外国為替市場の終値は一〇〇ウォンが一九・二二円)から、本件事故当時、金風号の船価は、少なくとも、日本円にして一一五三万二〇〇〇円の価値を有していたものと認めるのが相当である。平成一一年四月当時、七、八〇トンクラスの中古の木造漁船が漁具類等を含めて三億ウォン(約三〇〇〇万円)内外で取引されていたとの光進造船所の代表者の説明(甲一四)から考えても、本件事故当時の金風号の船価が一一五三万二〇〇〇円を下回ることはないものと考えられる。なお、亡Bは、金風号を購入してから活魚運搬船に改造し、レーダー等も設置しているので、本件事故時の金風号の船価は購入時よりも増加したのではないかとも考えられるが、これを認められるような証拠は存在しない(本件事故時は購入時から二年以上を経過しており、経年による減価もあり得る。)。
2 その他の損害
(一) 甲四、五、七、九、一〇号証及び証人長谷川の証言によれば、<1>金風号は本件事故当時、大洋が第一物産から二九九万円で購入した魚(黒そい)を積載していたが、本件事故により、右積み荷は失われたこと、<2>第一物産は、本件事故後、金風号の油止及び固定のための費用として二〇〇万〇七二一円、金風号の船体潜水調査費として三七万〇八〇〇円を亡Bのために立て替え払いし、亡Bは、第一物産に対し、右立替金を支払う義務を負ったこと、以上の事実が認められる。
(二) 右(一)によれば、亡Bは、本件事故により第一物産の立替金合計二三七万一五二一円相当の損害を被ったものと認められるが、積み荷である黒そいは、亡B個人ではなく、大洋が購入したものであるから、黒そいの代金二九九万円は、亡Bの損害として認めることはできない。
3 1、2によれば、亡Bは、本件事故により、少なくとも合計一三九〇万三五二一円の損害を被っており、前川海運又は沖本に対する損害賠償請求訴訟においても、右損害額を立証することは可能であったものと認められる。
七 損害賠償金の取得可能性と取得可能額
1 本件保険会社に対する調査嘱託の結果、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、前川海運は、本件事故当時、昭成丸につき、本件保険会社との間で船舶保険契約を締結していたので、亡Bの前川海運に対する損害賠償請求訴訟において、前川海運に対し、亡Bへの損害賠償を命じる判決が確定した場合は、前川海運の資力にかかわらず、右判決に従った支払が確実になされたものと認められる。
2 もっとも、亡Bの前川海運に対する損害賠償請求訴訟では、本件事故における過失割合が問題となり、金風号側の過失が認められれば、過失相殺がなされることになる。原告は、本件事故について金風号側に過失はない旨主張するが、前記三で認定したとおり、本件裁決では、金風号が警告信号を行わず、衝突を避けるための協力動作が適切でなかったことも本件事故の一因をなすものとされているのであるから、損害賠償請求訴訟における過失相殺は避けられなかったものというべきである。その過失割合について、被告は、主因とされた方の過失が六で一因とされた方の過失が四とされるのが普通である旨供述する(被告本人)が、本件裁決で認定された本件事故の態様から判断すると、金風号側に三割を超えるような過失割合があるとは考えられず、過失相殺は、多くとも三割にとどまるものと認められる。
3 1、2によれば、亡Bが前川海運に対して損害賠償請求をしていれば、一三九〇万三五二一円の七割である九七三万二四六四円の賠償金を取得することが可能であったものと認められる。
4 しかし、亡Bが右賠償金を取得するためには、訴訟を追行するための費用を支出しなければならないし、被告に委任して訴訟を追行する以上、被告に対して成功報酬を支払わなければならないので、純粋に亡Bが取得できる金額は、九七三万二四六四円から二割を減じた七七八万五九七一円と認めるのが相当である。
八 被告の責任
1 これまで判示したところによれば、被告は、本件委任契約によって亡Bから本件事故による損害賠償請求を受任しながら、訴訟提起等の権利行使をしなかったため、右損害賠償請求権は時効により消滅し、亡Bは、被告が本件委任契約に従って前川海運に対する訴訟提起等の事務処理をしていれば、七七八万五九七一円を取得できたのに、被告が右事務処理をしなかったため、これを取得することができなくなり、同額の損害を被ったものというべきである(法律的には、消滅時効は援用を必要とするが、消滅時効完成後に訴訟提起等の権利行使をすることは事実上不可能というべきであるし、被告もこの点を争うものではない。)。
2 被告は、亡Bが金風号の船価を算出できるような資料を提出しなかったので損害賠償請求ができなかった旨主張するが、前記六2で認定したとおり、亡Bが本件事故によって被った損害は、金風号の船価相当額だけに限られないし、金風号の船価にしても、ひとまず、本件売買の代金額を損害として主張することも可能であったものと考えられるので、右主張は採用できない。
3 また、被告は、本件保険会社と何度も連絡をとっていた旨主張するが、本件保険会社は、調査嘱託に対し、本件事故について、本件保険会社に対する具体的な損害賠償請求はなく、したがって、交渉も行っていない旨回答しており、被告の右主張も採用できない。
4 被告は、前川海運や沖本に対する損害賠償請求訴訟を提起しないだけではなく、平成九年に紛議調停の申立てがなされるまで、亡BやC、原告訴訟代理人らに対し、損害賠償請求について本件保険会社等と交渉しているかのような態度を示していたものであり、そのために亡Bは、他の弁護士に依頼して前川海運に対する損害賠償請求訴訟を提起することもできず(甲九)、消滅時効により権利行使の機会を奪われる結果になったのであるから、本件委任契約に基づく受任者の義務に違反したことは明らかであり、亡Bに対し、債務不履行による損害賠償責任を負う。
5 もっとも、六1で認定した事実、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡Bが金風号の船価について、的確な資料を用意できなかったために被告が損害賠償請求に踏み切れないまま時効期間を経過してしまったことも事実であると認められるから、公平の観点から、被告が亡Bに賠償すべき金額について二割の過失相殺をするのが相当である。
6 したがって、被告は、亡Bに対し、七七八万五九七一円から二割を減じた六二二万八七七六円の損害賠償義務があるものというべきである。
九 原告の相続
甲一八、一九号証によれば、請求原因9の事実が認められるので、原告は、亡Bの被告に対する前記八6記載の損害賠償請求権を相続により取得したものと認められる。
一〇 よって、原告の請求は、金六二二万八七七六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 福田剛久)